『自主上映会を開くにあたっての考察 2/2』堀脇幸作
(続き)
—日常と非日常の曖昧な境界線、現状を無視させる日常の力— そして僕は再び自分に問いかける。「今は日常なのか非日常なのか」、「あるいは心配しすぎではないのか」、「汚染された食品は日本からだけではなく、原子力発電所周辺の土地から生産される食物に全て含まれているのではないか」。そんな不安や疑念に駆られ、目に見えない現状を無視したいという迷いが生じた時ヒントを与えてくれる言葉がある。「
ブルーノ・ベテルハイム著(丸山修吉訳)『鍛えられた心:強制収容所における心理と行動』法政大学出版」の書評を書いた鈴木則夫は、その中で日常と非日常の特性をベテルハイムの言葉で説明している。
「ベテルハイムはいう。日々を誠実に生きることで幸福を確保できる時代がいつまでもつづくわけではない。それはあくまでも比較的に平穏な日常が保証されているときに意味をもつ態度でしかないのである。ときとして、そうした態度が全く意味をもたない時代が訪れることになる。安心ではなく、むしろ、震撼するような恐怖と不安を覚えることが最も適切な反応であるという時代――そうした混沌と暴力と狂気にみたされた時代が到来するとき、われわれは正に恐怖し震撼できる必要があるのである。そして、実はそれこそが生と死を分けることになるのである。」 この言葉は、日常に慣れた人間が前代未聞の非日常を迎えたとき、その危険性をどれだけ感知・理解し対応できるか、その心構えができているかと言う問いに置き換える事ができる。おそらくそのような時、多くの人間は右往左往するどころか目の前の事象を無視し、それまでの日常生活を維持しようと心がけるだろう。15世紀後半、北アメリカ大陸に居住していたネイティブアメリカンが、初めてヨーロッパから訪れた巨大船団を見た時、ヨーロッパ人による侵入と移住を予知し、その後長く繰り返された民族的差別、殺戮、弾圧、そして自らの土地を追われることを、その時危機感としてどれだけの人々が思い描けただろうか。1969年アポロ計画によって月から地球を俯瞰で眺めることが可能になった時、その青い惑星には国境がないと気付くだけではなく、そこに到った人類の科学水準が同時に原水爆核実験による大気圏内汚染や、日本を含めた先進国の大規模公害によって、この美しい惑星の環境・生態系を破壊していると自覚した人間がどれほどいただろうか。2001年、ニューヨーク・ワールドトレードセンターに航空機二機が体当たりした時、残虐なテロルとして認識しただけでなく、グローバル化した政治や経済によって一部地域の人々が抑圧され、その人々の憎しみが長年醸成されてきたと先進国市民のどれだけが知覚できただろうか。
非日常とは長い時間をかけて少しずつ日常に忍び込み、ある日突然事故や戦争、公害という事象で人々の目の前に姿を現す。こと原子力に関してこの日常に忍び込む非日常を捉えるならば、原子力発電所から漏れ出す人間の五感が識別しないその放射性物質、長年にわたり微量に漏れ出し人体や環境に蓄積され汚染されていく実態、政府を含め原発推進派による人体や環境に対する過小評価がまかり通る社会環境だ。目の前の日常に慣れ親しんだ人間は、凄惨な非常時となって現れた長年の非日常を初めて認識した時、旺盛な想像力と知性を忍耐強く駆使し、その非日常が携えた危険要素を識別し、身辺の住環境に置き換えて回避行動を起こすなど、よほど自身の痛みとして降りかからない限り困難であり不可能に近い。一般市民が晒されている日常とは、これほど現状を無視させる力を備えており、その日常と非日常の境界線を気付く者には変わり者というレッテルが貼られる。
「混沌と暴力と狂気にみたされた時代が到来するとき、われわれは正に恐怖し震撼できる必要がある」という言葉を、原子力が携える非日常に当てはめる時、それは
炉心溶融や水素爆発、
水蒸気爆発という明確な風景だけで捉えてはならない。それ以前から日常に潜む無味無色無臭の放射性物質による汚染という見えない風景を、知覚できる術を持つよう準備しなければならないという教訓に置き換えられなければならない。そして福島でのシビアアクシデントを受け避難させられた人々の苦難が示唆する教訓とは、世界市民の放射性物質に対する知識を高め、カタストロフが現実となるかもしれないという心構えを持ち、そして放射性物質を生み出すあらゆる装置を減らす回避行動だ。
—現代市民の原子力、そして非現実的な夢想家になること— 原子力事故で見えてきた「ヒューマンエラー」、このカタストロフを契機に、代替手段としてのエネルギー技術が今後進展するかもしれない。志ある科学者が育ち長い時を経て放射性物質を無毒化する現実的な方法が開発されるかもしれない。そして同時に市民運動によって緩やかな脱原発化が可能になるかもしれない。このような楽観的な姿勢、原子力の持つカタストロフは自分には関係ないという幻想を抱いてきたのは僕だけではないだろう。放射性物質の無毒化に成功するまでにどれだけの時間を要するかその見通しさえついていない。そしてそれまでの間に今後起こりえる新たなシビアアクシデントまでも、覚悟を持って臨まなければならないのが原子力発電所を所有する国民の現状だろう。現状を維持・発展させようとする原発構造—既得権益を保管維持しようとするメカニズムーは、福島第一原子力発電所事故以降、存続を賭けて一層激しい展開を見せると予測されている。その構造の中には差別が含まれていることも指摘されている。その差別は放射性物質による汚染や被曝によって虐げられている人々の痛みによって顕現化した。それらの痛みの上で一部の既得権益者は利益を上げ、その痛みのある所で自然環境と生態系は破壊されている。それらの犠牲の上に一般市民の電気が作られているという原子力発電の構造、その原発構造に知らぬ間に組み込まれ依存させられた生活を強いられているのが、この地球上で原子力発電所を所有している国民の一人一人の生活だ。地球全体を汚染するシビアアクシデントは、原子力発電所を持たない国々にまで及ぶ。
スリーマイル島、チェルノブイリ、福島で起きた原子力発電所事故による被害者は、広島、長崎の原子力爆弾(戦争)によって犠牲になった人々の苦しみと痛みに常に重なる。ここに上げられなかった地域以外に、まだまだ知らされていない住民の苦難、環境・生態系の破壊は数え切れないほど存在する。旧ソビエト連邦が使用したカザフスタン・セミパラチンスク核実験場は、ソビエト連邦崩壊のため唯一、世界中の研究者に開かれた核実験場跡地になった。その研究者・ジャーナリストによる検証により、60年近く経った今でもセミパラチンスク周辺の村々は内部被曝による健康被害で苦しんでいる。その人々は
死の灰による健康被害を知らされていなかったばかりか、核戦争後の人体影響を秘密裏に調査する旧ソビエト連邦政府によって死の灰の生体実験として扱われていた。情報を公開しない、隠蔽する、被害を小さく見積もる、それらは前述した巨大組織の意志決定過程の過誤であり、意図的であるか意図的でないかに関わらず原子力を推進してきた組織では冷戦前も冷戦後も世界中共通して見られる。それらの意志決定過程の過誤は原子力発電所事故発生後、二次的、三次的被害を引き起こす「ヒューマンエラー」になる。放射性物質が知らぬ間に漏洩するのとは裏腹に、巨大組織によるそれらヒューマンエラーの情報は堅牢無比なほど隠蔽されてきた。このような環境で氷山の一角として顕現した被害者の実態、その実態を取り上げた記録映画に触れる時、「対岸の火事、他人の不幸として傍観しているのではないか」と自らを疑うのは僕だけではないはずだ。スーザン・ソンタグはその著書「他者の苦痛へのまなざし」の中で、苦痛をスペクタルとして捉える視点と、戦争報道に触れる現代市民の姿勢を批判している(「戦争」を「原子力発電所事故」に置き換えて読み解いて欲しい)。
「苦痛は美術において正典的主題だが、それは絵画においてしばしばスペクタクルとして、他の人々が眺める(あるいは無視する)ものとして描かれている。無駄です、もはや手のほどこしようがありません、という合意がそこにある。注意を向ける見物人と注意を向けない見物人が混じり合っているという事実が、そのことを裏付ける。」
「現代の市民たち、スペクタクルとしての暴力を消費する人たち、リスクを負うことなしに戦争の近くに身を置く達人たちは、誠実の可能性を信じないように訓練されている。感動しないでいるためなら何でもするような人々もいる。危険から遠く離れて、自分の椅子に座して、優越的立場を主張するほうがどれほど楽であろう。」 スーザン・ソンタグが批判する「現代市民」へ堕落しないためには、こと原子力問題に関しては電気のある生活は原発依存にも繋がっていることをまず認識する必要がある。その電気(もしくは一部)が原子力発電所で発電されていることを知り、その施設が人体や自然・生態系にも放射性物質によるカタストロフを引き起こしかねない装置であることを知らなければならない。そしてその施設に依存しない生活を、一人一人考え実践することが必要だ。人間は近代のどこかでその契機を置き忘れてきた。いやその契機を身近に知り行動を取る人間は存在した。集合体としての人間がその一部の人間の痛みに背を向け続け、無関心のまま目の前の日常ばかり固執し続けてきたのが今までの現状だ。スリーマイル島、チェルノブイリ、福島という原子力事故・シビアアクシデントの時系列の中で、更なる巨大カタストロフが起こらないと断定できる人間はいない。またそれが次回どのような形で発生するかも誰にも分からない。しかしこれまでの現状を考慮すると、集合体としての人間が意図せず引き起こす次なる「ヒューマンエラー」は、集合体としての人間のあまりにも希薄な危機意識の中で、すくすくと発育し世界各地に巣くい、そして蔓延していると感じさせる。この「人間」を「日本人」として置き換えて考えるとき、小説家・村上春樹は2011年6月に行われたスペイン、カタルーニャ国際賞での講演で的確にその契機を指摘した。
『我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。』
『日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。』—「生きている目の前のその人と呼応した時にこそ、そこに新しく命が吹き込まれ生きる」ー この言葉をサンフランシスコに住む友人から教えてもらったことがある。僕は彼女を通していくつかのネイティブアメリカン祭儀に参加した。見学する人々、祭儀を取り持つ長老や司祭、歌手、演奏家、道化、そこでは色々な役割と幾つかの人種が交わる。これらの祭儀の種類や規模も様々だが、僕が経験した瞑想や夢、想い出を、そこに参加した人々と共有する機会が何気なく与えられていた。そして僕も他の参加した者が吐露した彼らの経験や痛みに耳を傾けることになった。言葉に変換するとそこでの感覚が微妙に歪んでしまうような気がするが、それをあえて怖れず言葉にするならば、それらの祭儀はそこに集う人々の手で自然の精霊をも呼び起こし、癒しという空間を作り出す装置だった。日常ではなかなか引き出すことのできない重層で有機的構造を有する人々の意識から、それらの祭儀は自然にそして巧みに人々の痛みや夢を引き出す。そしてそれらを言葉で形にし、共有し交感することによって、人々は晴れ晴れとした表情を取り戻しそれぞれの生活に戻っていった。この言葉を友人から聞いたとき、彼女はこの集いの空間のことを話しているのだろうと思った。僕はブルックリンに戻り、映画の事を考えた。そしてある午後、映画作家、制作者が行っている撮影行為、記録する行為も、この言葉、
「生きている目の前のその人と呼応した時にこそ、そこに新しく命が吹き込まれ生きる」と同じなのだと気付いた。撮影を通して目の前にいる被写体と呼応したときに、そこで目に見えない息吹が生まれる。その息吹が映像作家や被写体を動かし、そこで記録された映像は「新しい命」という映画になって観客の元へ運ばれる。映画は観客と一体となることで、映画作家の手を離れ独自の新たな命を生きることになる。生まれたばかりの赤ん坊に触れると多くの人間は喜びを見出すように、新しい命に触れると人間は生きる希望を持つことができる。
YouTubeの映像を個人で見ることや、ソーシャルネットワークを通して情報を得ることは、国境を越えホライゾントに繋がる利点を持つ伝達手段である反面、そこには確実に足りない重要なものがある。それは前述のネイティブアメリカンの祭儀のような場で生まれる心への深度だ。劇場で観客と一緒に映画を見、その上映後観客によって意見交換がなされる場が付け加えられるならば、ネイティブアメリカンの祭儀が現出させる呪術的癒しの空間、日常の営みだけでは解き放つことのできない心の領域、を擬似的に作り上げることができるのではないか。原発問題を扱った映画が持ち込む他者の痛みを通じ、観客がその場で交感しあうこの伝達手段には、決して一人では掘り起こせない深度と強度を提供するのではないか。僕はあまりにも楽天家なのかもしれない。しかしネットでの交流と劇場での交流、現代が持ちえたこの二つのコミュニケーション手段、それらの利点、相互扶助をうまく活用しない手はない。村上春樹の言う「精神のコミュニティー」が、日本から遠く離れたこの土地、ニューヨーク、ブルックリンにさえ現出するかもしれないと夢を見ている。
—報道映像と映画の温度差、現代市民の奇跡ー しばらく前になるが原発災害について映画をリサーチ中、2011年10月20日の読売新聞・文化欄「震災追う映画の視点」(恩田泰子)という記事を読む機会があった。その記事で結ばれた言葉、「映画に何ができるか。答えは監督と観客が共に見つけていくものなのだろう」がとても印象に残った。報道番組ばかりに身を委ねていると、カメラの背後にいる取材する人間の体温を感じられないことが時々起こった。そしてその度に不安という袋小路に陥った。取材者の目の前の事象、その一部分をフレームという枠で切り取った映像情報が、あるとき冷酷なまでに暴力性だけをもって視聴者に襲いかかり(情報操作)、あるとき編集によって重要な死が意図的に削除された(自粛的検閲)。注意を払わなければならない時事として提示されてはいるものの、なぜだか見終わった後に無力感だけを残し、次なる注意を払わなければならない時事が更に提示された。繋がらない点としての時事報道映像、報道という速報性・連続性だけをもって知らされることによって、視聴者としての僕は一つの視点に沈思する時間と思考を奪われる。そこでは知らぬ間に受動性に浸食され感受性やら自己判断力が麻痺していく気分が残される。それが僕のいう「不安という袋小路に陥った」という経験だ。報道映像は短い番組枠の中で速報性と多様な時事の両方を求めるが故、一つの情報の深度を伝えることができない。同時に巨大メディア組織特有の意志決定過程、自粛的検閲によって情報は歪められ発信されることも少なくない。視聴者がこれらの情報に晒され受けた挫折感は、多くのメディアの中に常に潜むこの情報操作や自粛的検閲という過程から生じる。それは同時に現代社会の生活が持つ悪癖、個人が一つのテーマを深く思索できる空間、それを可能にする精神の閑暇を得られにくいという状況と重なり益々悪化している。
映画に慣れ親しんだ身として(映画に肩入れしているという偏見や批判も多かれ少なかれあると思うが)、記録映画には作家の名前が付与され、速報性に縛られることなく一つのテーマを掘り下げる自由と時間が与えられる。それは被写体へのまなざし、被写体からの信頼という形で映像に記録される。そしてそこから映画が持つ映像の体温が作り出される。そして観客から与えられる映画作家への信頼において、巨大組織が歪める情報操作や自粛的検閲が侵入する余地も少ない。そしてそれは映画作品として保存される傾向を持つが故、時の検証(世代を超えた人々の批評)に晒される。それらの安心感を実感できるメディアとして、僕は楽天的にもまだ映画の可能性を信じている。そこには幻滅も少なからず存在するが、常に批判という目で支持し続けたいと思っている。また映画は最後まで見終えず劇場を後にしない限り、ながら見や、途中で電話や電子メールによって視聴や思考が中断されることの多いテレビやパソコン、スマホより、集中して視聴できる。これこそが映画を映画館で見る行為が持ち得る力だと思っている。
しかしそれだけでは不十分である。それだけではスーザン・ソンタグが批判する現代市民の姿勢となんらかわりはない。なぜなら今ここで取り上げようとしている記録映画は、エンターテイメント映画が扱う刹那的テーマとは異なるからだ。原子力事故・シビアアクシデントという重層的、半永久的、そして広範囲に影響が及ぶカタストロフがテーマであり、映像作家の目を通して記録される映像は、そのカタストロフの断片ばかりでしかありえない。このカタストロフの断片とは、人類未知の世界のほんの一カ所から浮き上がった人間の痛みだ。それは時として放射性物質による妊婦や子供への健康被害、原発立地に反対する住民の苦難、放射能汚染による環境・生態系破壊、汚染食物流通による汚染地域拡大、除染・補償による国が崩壊するほどの経済負担、故郷を失った人間の悲劇、核廃棄物再生処理場の実態、ウラン採掘現場の実態、敵味方関係なくすすむ劣化ウラン弾による被曝、まだまだここに書ききれない広範囲の課題が存在し、そしてそれぞれには重層的に人間の苦難が蓄積されている。人間がコントロールできない半永久的に存在することになる放射性物質であればこそ、そこに付随する未知の困難は枚挙にいとまがない。それがこのカタストロフの姿だ。チェルノブイリで誠実さの可能性を信じる映画作家の目を通して記録された映画が、日本人にとってこれから経験する放射能汚染の現状をどれほど切実に示唆し得たか、映画作家が被写体という痛みを抱える人間に寄り添い、そこに生まれた新たな息吹を映像に記録した行為には癒しが存在しているからだ。映画監督・小栗康平はその著書「映画を見る眼」で、現代における映画の存在意義を説明している。
「中からものを見ること、内的な時間から組み立て直すことが、今またあらたに求められているように思います。世界の単一さを伝えるために、映像が発明されたのではありません。不思議に満ちた世界として、もう一度この近代をとらえなおそうと私たちが手にした道具、表現手段ではなかったでしょうか。」
今、福島で起きたカタストロフを捉えた映画が数多く制作され発表されている。それらが世代を超えて後世への記録として重要な証言になり得ることは疑いもない。しかし今の世代の人々が、これらの映画に触れる機会を得ず、自らの地域の問題として考える契機を失い、この福島のカタストロフを傍観者として遠い所の悲劇として片付けてしまうとしたら、負の連鎖を食い止めるどころか破滅へますます近づいていくことになるだろう。これらの記録映画は奇跡的にも制作され完成した。しかしそれ以上の奇跡を現代は求めている。それは特定の地域に限定されることなく、世界各地の多くの人々の元に届けられると言うことだ。そして映画界が常に柱としてきた商業配給という課題を乗り越えて届けられなければならない。これらの記録映画を通じて観客は何を感じ、問題を認識しどう行動するのか。これらの記録映画は一人一人の観客に問いかけていくだろう。小さな自主上映会を通して、一つ一つの映画が提示する点を考え、それらの点を観客一人一人がつなぎ合わせ、独創的なつなぎ目を持ち込み、更に膨らませ共有すれば新しい何かが見えてくるかもしれない。この過程を観客と共に歩むことができるならば、集合体としての現代市民が持ち得る持続する選択肢が導き出されるかもしれない。そしてそれらの選択肢がより良い将来、共生への道として模索されれば、この死や破壊ばかりが主題の原発問題を人間は変異させる大きな可能性を持ち得るかもしれない。その変異を持って初めて現代市民は奇跡を共有できる。原発関連ドキュメンタリー映画自主上映会を開くことにより、その新しい命の誕生をこの土地の住人と一緒に探してみたい。
**米国の食物法令基準170ベクレル/㌕、飲み物0.111ベクレル/㍑。